世界番付

 世界番付って番組、好きなんだよね。スタジオに外国人を沢山集めて、世界の色々な事を紹介しながらあーだこーだ言わせる番組である。この形式の番組は今までにも沢山あって、昔すごい面白かった「ここが変だよ日本人!」もこのパターンだ。こういう番組ってカルチャーギャップや変わった風習を笑ったり、信仰的な、政治的な対立を演出したりするんだけど、世界番付ではそんな事はなく落ち着いた作りである。変な日本語が飛び交う大声の口喧嘩も面白いけど、これはこれで安心して見ることができる。
世界番付で面白いのは、その国の負の部分も紹介する所である。肥満とか、識字率とか、医療とか。発展途上国等ではライフラインすら満足に行き届いていない国もあって、スタジオに来ているその国出身の出演者がそれについてコメントをするんだよね。割と苦しく、気持ちのいい話題でもないんだけど、皆真摯に自分の国の現状を語っていて、非常に好感が持てるのだ。逆に自国の自慢を語る時は誇らしい表情で、なんだかいいんだよね。紹介される映像を通してその国を知る事もできるけど、実は出演しているその国の人の方が雄弁で説得力があるのだ。

練習

 本日も練習。後半の1時間はフロリの皆に相手をしてもらいの練習試合。定期的に行われているこの練習試合は両チームにとって有益な時間になっていると思う。(ウチが練習試合としてどうだかは別として)。繰り返すことでお互いの距離感も変わるし、距離が変わることで色んな化学反応が起きることを期待したい。チームという輪はあれど、それを超えての交流は色んな結果をもたらすことは経験を通し学んできた。仲間が増えることは喜びが増えるってことだからね。大事にしたいと思う。

消去法

今回の選挙でどこに投票するか、確信をもっている人はいるだろうか。前回の選挙でマニフェストの無意味さが路程されたものだから、どの等が何を言っても信憑性がないのが実情。原発を廃止と言われても、
「どうやって廃止するのか」
が提示されないので、全く意味が感じられない。増税の前に無駄を徹底的に削減します!というのと同じなんだよね。本当は政策を見て考えてその上で投票するのがいいんだろうけど、それが出来ないから困るなあ。政策で判断が出来ないとなると、信用出来そう・出来なそう、好き・嫌い、での判断になってしまって投票の意味が半減だ。
 「良い」というのがないから、逆に「悪い」の程度で判断するしかないのかな。こっちは悪いんだけど、こっちは「確実にもっと悪い」で判断していくしかないのかな。とは言え、投票を強要するかの様な風潮もなんだかきにいらないんだよねー。

そんなラララ

昨日、TVを観ながらふとミスチルのラララという曲を思い出した。あまりにも有名なアーティストだから、性格的についつい敬遠してしまうんだけど、この曲は好きで良く聴いていたのを思い出した。歌詞を載せることは出来ないのでアレだけど、「そんなラララ」の部分に入るものってなんだろう、と今になって考えてしまう。
 日常の中から言葉にならない「何か」は確実にあるし、良く分からない漠然とした「何か」を求め続けるのが人間である。この前も「何かが足りない」って書いたけど、その「何か」に名前を付けることは出来ない。あるのは(あった)のは分かっているんだけどね。笑。たしかに存在するが、名前はなく表現は出来ない。感じはするが、見たことはない。そういう事って案外多かったりするよね。そんなラララ。
 

1Q84

 ここの所、また映画と読書の波が来ている。バイオリズムの上下は1年を通じてあって、どうやら今ぐらいがピークらしい。今回読んだのはあの1Q84。飛行機の中での時間つぶし用に買ったのだが、映画ばかり観て全く読まなかったのだ。ケイタ辺りは読んだのだろうか、いや、何回読んだのかな笑。
 ハルキものを読むのはすごく久しぶりだったので、読みながら「そうそう、この感じ」と懐かしい感覚があった。現実と微妙にずれたこの感覚、とでもいうのかな。リトル・ピープルや二つの月なんかもおそうだけど、NHKの集金人のくだりが一番気持ち悪かった。ああいう、「日常の間に無限に重ねられた怨念に近い気持ち」ってのはいつ具現化してもおかしくないと思うんだよね笑。そこに実態はなくても存在感はあって、消えることなくその場所に留まりそうだ。
 それからやはり、ハルキが描写する生活様式である。ハルキが描く生活に憧れていることは前にも書いたけど、この作品でもそういう描写があって楽しかった。特に一人暮らしの男生活を送る主人公の日々はとても良さそうだ。シンプルでありながらも自由であり、豊かなんだよね。クラッカーの上にチーズを乗せるくだりとか、トーストを焼く時の描写。ワインを片手にベランダに座り、月を眺める場面とかもね。決して裕福ではないんだけど足ることを知り、自分の中での満足の基準を大事にしている。スマートというのか、さりげないというのか、生活なのに生活臭が全くない。日々は日常の繰り返しではない、俺もそういう価値観の中で生きたいぜ。

連敗

 また負けてしまいました。首位のチームを相手に、できる事を確認してピッチに入るものの、自分達の体制を作る前に失点。そのままズルズルと差をあけられ、最後まで対応出来ずに終了…。
 最近、何かが足りませんね。前はあったのに今はなくなった何か、です。残された一試合、今後を占う一戦だと思って向き合いましょう。

WBC

 今度のWBCはメジャー組なしでのは参加になりそうだ。元々アメリカチームだってスターは送り込んでないから、どこが見所なのかわからなくなってきた。キューバや他のチームにも注目選手はいるけど、知名度からすれば雲泥の差。イチローとダルビッシュなしでは、見る人が半分になってしまうはずだ。始まる前からケチが付いている大会であることを思えば、もう負ける時の言い訳が発動されているのかな。
と思うのと同時、何が起きるか分からない期待もある。前回だって、変な審判が変な誤審を繰り返したことで妙に盛り上がったからね。今回だって、そういう外部的な原因とか、二軍のチームで案外勝てちゃうとか、何か面白いことが起こる可能性はあるはずだ。そこそこのチームがすげー頑張って勝っちゃう、こういうの好きだな。

ふんわり

 道を走っていたら、交通案内の電光掲示板に「ふんわりアクセル」という言葉があちこちで表示されていて、それが何なのかとても気になった。きっと交通安全的なことかエコ的な事なんだろうけど、誰がそういったネーミングを選択したのかも非常に気になる。ふんわりをつければ柔らかく、可愛らしくとってもらえるかもー、と思ったのかな。
 どうやらそういったものが本日からか近いうちに始まるみたいだけど、それがなんであるかを理解している人はどれほどいるのだろ。ああいう標識って運転する時には注意しながら見ているけど、いったん車を降りれば頭のなかからキレイさっぱりとなくなるものでもある。正直、僕もずっと忘れていて
「今日のブログになに書こう」
と思ってやっと思い出したぐらいだから、狙ったネーミングでも効果は薄いのかな。そして今、あえて調べたりはしない笑。

コーラ部フランス支部

 パリでの心残りの一つに、コーラ部として色んなドリンクに挑戦できなかったこと。本当に寒い上、後半は雨が多かったことが原因である。どんなに寒くてもコーラのためなら!と思うんだけど、トイレがそこらへんにあるわけじゃないし、おまけに有料だったりするからどうしても勝負できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは行きの飛行機で出たpepsi MAX。あまりの不味さに一口だけ飲んで返すという、罰当たりなことをしてしまった。

 

 

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そしてこれが向こうのコンビにで買ったファンタ イチゴ・キウイ味。美味しかったのだが
中々量が減らず、他のドリンクに挑戦出来なかった原因とも言える。

海外に行くと、見慣れないドリンクやお菓子があるだけでテンションが上がったりする。今回もそういうものにたくさんチャンレンジしたかったけど、あれもこれもと考えているうちに時間が経ったり、写真を撮りわすれたりとで、中々満足いく感じにはならず・・。そして悲しいことに、普通のコーラを飲むとすごく安心するんだよね笑。

映画の力

 年末から年始にかけて本当に楽しみな映画が多い。
12月は
「007 スカイフォール」
「ホビット 思いがけない冒険」
「レ・ミゼラブル」
1月になると
「96時間 リベンジ」
「テッド」
その後にも「クラウド・アトラス」や「キック・アス2」、リンカーンを題材にしたスピルバーグの新作もあって、何かから見ようか?状態なのである。すごく楽しみなんだけど、今映画館でかかっているこの一本「アルゴ」も最高にいい一本なんだよね。すでにあちこちで話題になっているし、TVや雑誌で紹介されているのを見た人も多いと思う。
 1979年のイラン革命の際に、アメリカ大使館が過激派に占拠されるが6人の大使館員が混乱に乗じて脱出。カナダ大使の自宅に身を隠した。逃げ出して帰国したいのは山々なのだが、アメリカ人と見ればその場で射殺されるという空気、外に出ることは出来ない。さらに大使館員の名簿が相手方に渡っており、6人が隠れていることがいつバレるのかも分からない。そんな彼らを救い出すために、CIAの人質奪還のプロが立ち上がる。
 このCIAの人がベン・アフレックで、彼が考え出した作戦が「6人をカナダ人の映画スタッフに仕立て上げて堂々と空港から出獄させる」という作戦であった。これが実話だからビックリである。そのため、本当に映画が存在している様に見せなければならない。脚本を選び、事務所を構え、記者会見をし広告も出す。どれだけこの映画が本当に存在するかを見せるのが成功のポイントで、ありもしない映画作りに右往左往する大人達がすごく滑稽に映る。しかもこれが棒にも引っかからない、当時流行っていたスター・ウォーズを丸パクリしたようなB級映画なんだよね。
 映画は緊張の連続。実話だから作戦が成功し6人が無事救出されるのは分かっているのだが、この作戦はごとごとく行き詰まり、方向転換を余儀なくされまったく予定通りに進まない。その度に観ているこっちはドキドキ、ハラハラ、本当に上手い演出なのである。
 この作品のもう一つのいい所は「映画愛」を訴えている所である。彼らが最後の最後の難関に立ち向かうんだけど、そのピンチを助けるのは
「映画を必死に語る」
事なのである。その作戦に最後まで懐疑的だった人が必死にこの映画を語るんだけど、その時、存在もしないこの偽映画(しかもB級)が実在するんじゃないか、本当に作られるじゃないか?という気がして、なんていうか、その一瞬だけ命が宿った気がするんだよね。劇場にかかっても誰もみないだろうけど(笑)、もうそのシーンで涙涙・・・。おすすめです。